【25歳で実家の倒産。借金2000万円から学んだこと。】 組織づくりは人創り

浅川智仁です。



突然ですが、あなたに一つ質問があります。



「営業という仕事を辞めたい」


そう思ったことはありませんか?

あるいは、あなたの部下が
そんな状態になっているのを見たことはありませんか?





今でこそ私は、営業研修の会社を経営し、
多くの企業の育成をお手伝いさせていただいていますが、
実は、私自身の営業マンとしてのスタートは「絶望」そのものでした。



当時の私は、実家の倒産の影響で抱えた
「2,000万円」という莫大な借金を返すために、
毎日毎日4年前や8年前の名簿に電話をしていました。




背中に冷たい汗をかきながら、
生きるために必死で受話器を握り、
ひたすらテレアポを繰り返す日々。



しかし、結果は散々でした。


電話をかければ「結構です」と冷たく切られ、
時には「二度とかけてくるな!」と怒鳴られる。


やっとの思いでアポイントを取っても、
かけてみたら直ぐに留守電なんてことも。



文字通り「ガチャ切り」や「お断り」の嵐。



正直なところ、
心が折れかけたことも何度もありました。


夜、布団に入っても
「明日もまた断られるのか」と思うと恐怖で眠れない。


朝、オフィスのデスクで受話器を持つ手が、
まるで10キロの鉄の塊のように重く感じられる。


「自分には、営業の才能がないのではないか?」


正直なところ、
借金さえ無ければ逃げ出していたかもしれない…。


振り返ると何度もそう思っていました。



おそらく、今この記事を読んでくださっている
経営者やマネージャーの皆さんのオフィスにも、
「受話器の前でフリーズしている若手社員」や
「お断りに疲れて、生気を失っている新人」が
いるのではないでしょうか。




では、「借金2,000万を背負ったどん底営業マン」だった私が、
なぜその後、20万件もの電話営業をこなし、
累計3億円を売り上げるまでに至ったのか?



「浅川さんには、やっぱり営業の才能があったんでしょう?」
「人並み外れた強いメンタル(根性)があったからですよね?」



いいえ。

これだけは確実に言えます。

絶対に違います。


実を言えば、
私は元々、人一倍傷つきやすく、繊細なタイプ。


そんな私が過酷な拒絶の嵐を生き抜き、
トップセールスへと駆け上がることができた理由。


それは、私の「才能」が目覚めたからでも、
「根性」が人一倍強くなったからでもありません。


ただ、ある日を境に、
営業という仕事に対する「ある考え方」を手に入れたからでした。

「才能」ではなく「考え方」だったのです。

「解釈の質」が私の人生を変えました。




事実は変わっていません。
相変わらず断られます。
相変わらず電話も切られます。

変わったのは、そう、
出来事ではなく私自身の解釈の質でした。



その考え方を知ってから、
私の脳は「お断り」をされても、
過度に傷つくことは無くなりました。



ブレることが全く無くなったとは言いませんが、
“しなやか”になっていったのです。


短時間に軸に戻ることが出来るようになり、
受け流すことが上手になりました。


そしてさらに言うと、お断りやキャンセル、
世に言う失敗経験や体験を
未来のエネルギーに変えることが出来るようになりました。


自然と力が湧いてきて、
行動が止まらなくなってしまったのです。

“生き抜くチカラ”でも言いますか、
それが強靭になっていきました。




この「考え方」の正体とは一体何なのか?

なぜ、多くの新卒や若手が、
スキルを学ぶ前に営業現場で潰れていってしまうのか。


その恐ろしい「本質」について、
次回のメールで詳しくお話しします。



次回の配信は、【6月27日(土)朝7:00】です。



あえて土曜日に配信します。

「せっかく採用した新人が、
なぜか行動量が上がらずに悩んでいる」
という方は、
絶対に見逃さないでください。


あと、もしよろしければ、
営業人生や今までのキャリアで
最も落ち込んだ出来事を思い出してみてください。


次回のメールでは、
その出来事の見方が変わるかもしれません。


それでは、
今日も素晴らしい一日をお過ごしください!


組織づくりは人創り!

今日も最後までお読みいただき
ありがとうございました!


~人生はデザインするもの~
ライフデザインパートナーズ株式会社
代表取締役 浅川智仁

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